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【コラム】井賀孝の写真の話【第4話】

井賀孝の写真の話【第4話/全12話】

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『アローナの指摘』

1998年、一年のニューヨーク生活を終えて日本に帰国した。

肉体労働をしながら、週末の夜にアパートに作った自室の暗室でアメリカで撮影した写真をモノクロプリントに焼いて、ブック(自作アルバム)を作り、出版社に持ち込んで写真を見てもらった。いわゆる営業活動である。運良く数社から仕事をいただきプロとしてのキャリアが始まった。

今はもうない『TITLE』(文藝春秋社刊)という雑誌で、写真と文章で表す企画をいくつかやって実績を作り、「何かやってみたいことはないか?」と当時の敏腕デスク(後に’文春砲’で世間を賑わすことになる『週刊文春』前編集長、新谷学さん)に問われ、「ブラジルに行きたいです!」とかぶるぐらいの勢いで即答したのが、ブラジル行きのきっかけだった。ニューヨークで始めた’ブラジリアン’柔術、なのに本場ブラジルに行ったことがない。それはクリエイターとしては致命的に思えた。

「好きにやってこい」と50万円の軍資金をいただいて、ひとりでブラジルに向った。2001年3月頭のこと。少しでも長くブラジルに居たかったので、航空チケットは最安のものを選んだ結果、東京ーソウルーシアトルーマイアミーサンパウローリオ・デ・ジャネイロと、フライトは約40時間かかった。

地球の反対側ブラジル、初めて降り立ったそこは、熱狂と混沌、そして色の世界だった。

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